祖元学 畜学 技術学 畜物語
Where It All Began

祖元学

そもそも、なぜこの形なのかを、次の頭へ残す。
器の中でなく、器そのものの根にある魅力と由来。

八つ目の蔵

他の十一の蔵は、畜物語という器ので「どう作り、どう考え、何で作るか」を記す。祖元学だけは、器そのもののに触れる。七相のどれとも違う次元で在る、畜物語いちばんの魅力と、あえて選んだ制約の由来を記す。

廿式
どう作るのか
鳴分岐
思→鳴をどう分けるのか
示式
設計書をどう作り回すのか
遊戯学
なぜ作るのか
設計学
どの高さから作るのか
畜史
何を作ったのか
思考学
どう考えたのか
肥料学
なぜ終えたのか
技術学
何で作るのか
祖元学
そもそも、なぜこの形か
標準学
何を土台に選ぶのか
畜物語
作品の森そのもの

巻一 ─ 最大の魅力は、正論蒔宿とやりとりできること

「畜物語の最大の魅力は、正論蒔宿とやりとりできるとこなんだよ。」

この「やりとり」は、/letter/(正論蒔宿への手紙)という一機能のことだけではない。国・名前・20文字のひとことを誰でも書けて世界中から読める、という窓口は確かにある。しかしそれは氷山の一角で、本体は畜物語の全ての木そのものにある。

一つ一つのゲームは、正論蒔宿と、記憶を持たないこっこ(Claude)との対話から生まれている。思いつき・指摘・「これは違う」という一言が、そのまま木の形を決める。その対話は消えずに残る──畜史が「何を作ったか」を、思考学が「どう考え、どこで迷ったか」を、肥料学が「なぜ終えたか」を、遊び手には見えない層にまで書き留めている。

畜物語は「完成品を配る」場所ではなく、作っている過程そのものが、遊び手からも覗ける形で残り続ける場所である。遊べるゲームの面白さの外側に、「一緒に作っている」という関係そのものが魅力の中心にある。

祖元学の掟

新しい木や大きな判断が、正論蒔宿との対話から生まれたときは、その対話の存在自体を隠さない。思考学・畜史に記すのはもちろん、可能なら/letter/のような「やりとりが遊び手にも見える窓」を塞がないこと。

巻二 ─ ローカル保存の最小限運用は、初代任天堂へのオマージュ

「ローカル保存は初代任天堂の数キロバイトでも世界がゲームにハマった最小限運用をオマージュしているんだ。」

畜物語のセーブは、全ゲーム共通で localStorage(1オリジンあたり約5MB、iOS/SafariはITPにより7日間サイトへ来ないと消去されうる)という、決して大きくない器に収まっている。これは畜学七相の七「一器に納む」を守った結果の制約であると同時に、祖元学としてはっきり記しておくべき点がある──あえて選び、灯として継いでいる制約でもある、ということ。

初代ファミリーコンピュータのカートリッジは、数キロバイトのバッテリーバックアップしか持たなかった。それでも世界中の子どもたちがゲームにハマった。畜物語のローカル保存の小ささは、その事実へのオマージュである。容量の少なさを「早く埋めるべき欠点」として扱うのではなく、「小さな器のままでも世界にハマれる」という初代任天堂の証明を、設計の芯として継いでいる。

この一行は、localStorageの限界(iOSの7日消去・約5MB・端末をまたげない、等)を語るときの前提を変える。限界を埋めることそのものが目的ではない。器を大きくする前に、まず「今の小ささのままで足りているか」を問うのが祖元の態度であり、その上で必要な時だけ(写真等の重い夢を持たせる、親子で島を共有する等)器を広げる判断をする。

祖元学の掟

保存・容量まわりで「足りない」という話が出たときは、まず外部依存を増やさず、小さな器のままで解決できないか(書き出し/QR/合言葉のような、一器に納む思想に忠実な手)を先に考える。器を大きくする(外部DB常用化等)のは、それでも足りないと分かってからでよい。

巻三 ─ 島ぐらしは実験室、塗る3Dは本番環境

「島ぐらしは、実験室みたいなもので、塗る3Dこそが本番環境だよ。」

この一言は、酸素ゲージ・空蹴り・コンビニ経済・撃破報酬を島ぐらし(/mori/)からコッコスプラット3D(/splat3d/)へ移植した一連の対話の中で出た。その日に実際にあった手戻りが、この言葉の正しさをそのまま裏づけている。

島ぐらしは酸素ボンベを「買って在庫を貯め、いつでもどこでも使う」という設計にしていたが、塗る3D側は最初「買うと即満タン」という簡略版で移植し、後から「島ぐらしと同じ設定にしてほしい」と直されて在庫制へ作り直した。コンビニも先に1軒だけ移植したが、後から4か所に増やした。こっこGPのピストルを移植したときも、最初のバージョンは弾が飛翔して数mで地面に落ちてしまい、遠隔攻撃として機能していなかった──実験室(またはレースという別の本番)で通用した理屈が、塗る3Dの短いラウンドではそのまま動かなかった一例である。

島ぐらしは、新しい仕組み(酸素・空蹴り・乗り物・経済・ランキング等)を、時間制限のない広い場で好きなだけ試し、育てられる実験室である。塗る3Dは、120秒という短いラウンドの中で、親子が待ち時間に遊びきれる本番環境である。実験室で動いた仕組みをそのまま持ち込んでも、本番の器(短い時間・単一の武器・限られた画面)に合わせて必ず作り直しが要る。

祖元学の掟

島ぐらしで育った仕組みを塗る3D(またはその他の本番ゲーム)へ移植するときは、コードをそのまま持ち込まず、本番側の制約(ラウンドの長さ・武器の数・親子でも分かる単純さ)に対してもう一度作り直すつもりで臨むこと。移植直後の一発当たりで満足せず、実際に得られたフィードバックを踏まえて作り直すところまでを、移植の一部として見込んでおく。

巻四 ─ 作る前に己に問う

祖元学は「正しさ」を競う書ではない。畜物語がなぜこの形で在るかという根を、後から来る者(次のこっこ・次の正論蒔宿との対話)が見失わないための記録。