全体を、まず描く
森とは、世界そのもの。掟(おきて)と名(な)と、共に分かつ臓器(ぞうき)の総(すべ)て。十四式に謂う家(いえ)=縁の並列持続層──多くの縁が循域(じゅんいき)に共在し、入替を含みながら持続する層なり。
森を描くとは、いかなる世界か・何を掟とし・何を分かち合うかを先(ま)づ定むること。これ無くして木を植うるは、地(ち)無くして根を張るに同じ。
高きより降りて、木に到る。
森とは、世界そのもの。掟(おきて)と名(な)と、共に分かつ臓器(ぞうき)の総(すべ)て。十四式に謂う家(いえ)=縁の並列持続層──多くの縁が循域(じゅんいき)に共在し、入替を含みながら持続する層なり。
森を描くとは、いかなる世界か・何を掟とし・何を分かち合うかを先(ま)づ定むること。これ無くして木を植うるは、地(ち)無くして根を張るに同じ。
林とは、相寄(あいよ)る木の束(たば)。十四式に謂う縁=衡+ ∿ 衡−──複数の衡が並び立ち、出会わぬまま∿(波)して相(あい)参照する。同じ林の木は、同じ操作の理(ことわり)・同じ祭壇・同じ焔(ほむら)を分かつ。
森を描きたれば、次に問う──いかなる束が、この森に在るべきか。既(すで)の縁に連ねるか、新たな林を起こすか。木はこの問いの後(のち)に植う。
木とは、一(ひと)つの構造実体。十四式に謂う衡(こう)=五式が循域に均衡した状態。一つの戯(あそ)び、一つの機(はたら)き、一つの面(おもて)。設計者が手を入れ、磨くは、この木なり。
されど木を磨くは最後。森と林の定まりて後に降(くだ)れば、木は生(うま)るるその時すでに縁の座(ざ)に在り、植え直しは要(い)らぬ。
十四式に曰く──衡=0 ならば、縁は発(おこ)らず。縁発らねば、家は発らず。 森を見ぬまま木を植うる者の木は、傍(かたわ)らに参照すべき衡を持たぬ。ゆゑに縁を結べず、家に容(い)れられず、持続せぬ。
木をいかに磨けど、木の集(あつ)まりは森に成らぬ。後に森を仰げば、木は森の掟(おきて)に背(そむ)き、抜いて植え直すほかなし。これが手戻り──逆しまに積みし者の、避け難き罰なり。
降(くだ)るは一方(いっぽう)に非ず。十四式は継→認で周回する。木を建てて得たる差分(=継)は、林へ、森へと還(かえ)り、森の地図(ちず)を編み直す。
森より降りて木を植え、木の差分を継ぎて森へ還す。この降下と還流(かんりゅう)の周回こそ設計。されど初手(しょて)は常に高きより。森を描かぬ降下は、無し。